自分記録帖

自分に戻る、自分を生きると決めた私の記録帖です。

怒りについての一考察

怒りを感じることが苦手なのは

怒りを無理に抑えていたせいで

怒りを産む感情

寂しい悲しい虚しい という感情(一次感情)を

感じないよう蓋をしていたから。

 

感じるのが苦手でも

感情はあるし、なくなったりもしないから

 

押さえつけて限界迎えて大爆発したり

歪んで拗れて滲むような

厄介な怒りを抱えてました

これは大変生きづらい

 

歪みと拗れを認識して思考を修正して行動を変えて練習し

自分でも やっと少し成果として観られるようになってきたかなというところ

丁寧にかつ勇敢に解いてきた自負が自信に繋ってるのではないかと思う

 

蓋というものは

外せば ドバーッ!って中身が出るものと思っていたけど

ビビりな私はそうはいかず

開いたよー

大丈夫だよー

出てもいいよー  って

根気強く励まし続けることが必要で


練習きらーい!そっかキライかー

めんどくさーい!うんうん めんどくさいねぇ

そう根気強くなだめ続けることも必要で


間怠っこしいこと甚だしい

やれやれである。

 


感情の認識と言語化が苦手だけれど

感情の幅が広く豊かで深さもある

(自分比・広く深く豊かだから認識と言語化が難しいのか?)

それは感覚が識っていることであって体感は別のもの


感情を感じて咀嚼して味わって言語化して

少しづつ自分のものになっていく感じは

宇宙人が少しづつ人間を学ぶような如きです


本当に間怠っこしいがこれが最短

最短と判れば間怠っこしいのも平気になり

焦ることが格段になくなったと思う。

 


さて、思えばこうして

なかなかいい感じじゃないのーと思い始めた頃から

 

想いと言葉は裏腹な天邪鬼になり

人の不機嫌は笑って流せなくなり

あれぇこのイライラは なんだろうと思っていたら

それが 「疲労」由来であると知りました

「疲れると優しくなれない」んだね!

誰もが知ってる、こんな当たり前のことを大発見!と驚く私に ビックリ追加。

※私の怒りは攻撃性高めです

 

対策はコチラ
・八つ当たりしちゃう人には優しくなれるまで近づかない

・ひとり時間を割増投与

・疲れそうな予定の後には休みを入れ

・疲れたら休むがよいと自分に赦す


じんわり疲れが取れ出すと

これまで感じていた怒りと思っていたものの正体がみえる

とりあえず2つ


① 甘えた

・機嫌とってよー!労ってぇ〜!という甘えたアピール

   通じねーよ!自分で労われよ!

   できないなら手を貸してって頼めよなー

   …ツッコミどころ満載である


② コントロール

・察してー!望む通りにして!なんでしてくれないのー!

・許可なく私に触るな踏み込むなー!

   通らないコントロールやコントロールの拒否拒絶嫌悪

   (コントロールは、するのもされるのもうまくいかないようにできているに違いない)

   幼さ、未熟、言葉不足、言語化の怠慢、断りを許せない恐れ、選択の幅を奪う自由の不足、ボーダーの緩さ

    

あぁ恥ずかしい

 

以来、いちいち覚えるように感覚と感情を紐付ける
これは 寂しい

これは 悲しい

これは 虚しい(甲斐がない)

これは 嫌

理由がなくても わからなくても 否定しない 蔑ろにしない

赤ちゃんか⁉︎ と思っても(感覚が)赤ちゃんなんだから… となだめ

自分で自分の機嫌を取り続ける

 

怒りは 怒りとして出る前に

一次感情を出してやれば怒りにならないらしい

 

そして感情を認めると、勝手に対策を考え始めたり 解決策が浮かんだりする

時短!


なんとなく自分の怒りに対処でき始めたかなと思ったら

人の怒りにも対処ができるようになり始めたように思う


まず、離れて良い相手なら近づかない

縁があるならまた繋がるし

繋がらないなら縁がない

 

仕事絡みで距離が取れない
怒りで人を測る相手には

語彙強めに筋を通して こまめに早めに不満不服苦情を言ったり、怒っているフリしたり。


無礼な相手、人を軽んじバカにする相手には

決して屈せず努めて冷静に、対応は品良く柔らかく。

 

同じ土俵からサッサと下りて上に逃げる。俯瞰する。見下さないようにがんばる。

相手が私をバカにすることを、私はバカだと=(イコール)で結ぶ必要はないし

私が私自身を、礼を欠くに値する人間だと認めてはならない。

バカにするお前がバカだとバカを事実として認識するのと、見下すことは違う。

熱くなったり反応して、無礼を働く相手と同じ土俵になんか立つものか

(ちょっと熱くなってるw)

熱くなったら、熱を冷まし 自分をもてなし礼を尽くしてケアをする


感情対処が、少し上手になってきたかなって体感が出てきて

日常が日常らしくなった気がします

穏やかな日々は愛おしく

とても嬉しく思います

母孝行には、まだだいぶかかるから

先日 母の誕生日でした

 

母が24の時に生まれた私。

 

24年後、私は今の母と同じ歳になる。

 

まだ24年ある。

母より先には逝かないと決めている。

 

ふと思う

私にとっての「まだ」に

母はいないのかもしれない。

 

母のこれからの24年

微妙である…。

 

それは困る。

悲しすぎる。

 

母より先には逝かないと決めたってことは

その日はいつか来る。

こういう時は、自分の想像力が疎ましい。

 

この想像を凌駕するほど悲しいんだろうとか思うと倒れそう

だから見ないふりをしようとする

でも

見ないふりをすると、余計に悔いが残るのだ。

 

いつか母はいなくなる。

だからきっと 孝行する。

…したい。

 

まだだいぶかかるから

お願い

ずーっと長生きしてね。

 

(私が)30手前くらいまでは、こんなに心労をかけるだろうと思わなかったろうなぁ

(弟が)30過ぎて、こんなに頼もしくなるとも思わなかったろうねぇ

 

 

 

 

知識×体力×勇気≒知恵

「救えるか」は問題じゃない

「救いたい」んだ。

そう心に浮かんで涙腺崩壊😭

 

目の前で溺れてる人がいたら

助けなきゃ!って思うではありませんか

それと同じ

けど、今の私のチカラじゃ 一緒に溺れちゃう。

 

実際、目の前で溺れてる人がいたら

助けられる人に助けを求めるのが精一杯だと思う

 

助けにいって自分だけ死ぬならまだしも

両方死ぬのはダメだろう

命の無駄はいけません。

 

救うには、知恵と体力を伴う勇気が必要なのよ

勇気だけじゃダメ。

 

知恵も体力もないから怖がって逃げていた

向かうも逃げるも私の自由で

そのまま逃げても良いけれど

逃げてる方がツライのよね。

 

逃げてるなにか 判明

必要なスキル(知識と体力)を得る覚悟ができた

仕事降ってきた

養成講座に手を挙げた(知識)

好きと得意が組み合わさる

経済的にも自立出来そうなビジネスモデルが浮かんだ(体力)

 

私。お客さん。宇宙平和(壮大!。の三方よし

 

いけると思うんだよねー。コレ。

検証、せずにはいられないのでやります。

 

次の↓は、ビジネスモデル実践の具体化!

必要な情報&人 降ってこーい!

 

知識と体力を知恵に変えるのだ

わたし!がんばれー♪

重い荷物を運ぶ方法

やりたいことと一致する

やるべきことは在るとわかるのに

それがなにかわからない

一歩も踏み出せない

いったい何が止めているのだろう?

いったい何を怖がっているんだろう?

 

そう 考え続けて一体何年経ったことでしょう。

 

 

その答えのひとつが

半月ほど前、散歩途中に湧きました

喪失を抱える人のチカラになりたい。

 

怖がっていたものも同時に理解できました

喪失を抱える人と向き合うのが怖かったんだって

 

胸が詰まって涙ぐみ(=正解の合図)

心はこんなんなりました  →  _| ̄|○

 

誤解されたくない点なのでもう一度書きます。

喪失を抱える人 「が」怖いんじゃない。

「私が」向き合うのを怖がったのです。

 

役立たずを自覚する恐れ

人を傷つけるかもしれない恐れ

影響を受けすぎてしまうことへの恐れ

 

勝手に量った荷物が重くて

背負えないと嘆いていたのー

 

怖さの正体=荷物の重さと認めてしまえば対処できます。

いっぺんに持てないくらい重いなら

持てる重さにすれば良い。

 

怖さの正体=荷物の重さ=課題

   ①役立たずな私

   ②傷ある人に触れる

   ③影響を受けすぎてしまう自分

 

対処

①役立たずな私

これは認識した瞬間に手放せました。

恥ずかしくもおこがましいことに

救えなければ意味がないと心の奥底で思っていたようです。トラウマ由来ですね。

役立たずな私であってもいい。

役に立つか立たないか 決めるのは私じゃない。

役に立てば嬉しいけれど

その評価に振り回される必要はない。

やりたいからやる。

 

③影響を受けすぎてしまうこと

    ②のフェーズに移るには③のクリアが条件。

     人との境界が曖昧な状態では進めない。

ココで、自分の意識でさえ、歪んだものに舵を渡すのは嫌だー!どっかーん🌋!となり

遠回りも失敗も引受けると決められた。

自分で考え自分で決めて自分でするのが私の成功。

私の主人は私。

 

なっげーよ!と何度宇宙に向かって毒づいたことか…

急がば回れ

損して得取れ

昔の人は的を得たこと言いますねぇ

 

ここまできてやっと具体的に向き合えます。←今ココ

②傷ある人に触れる

このフェーズは学び。

・スキルを身につける

・技術を磨く

・待てる、見守れる人になる

・優しく強い人になる

知識をつけて練習を積めば

少しは怖さも和らぐだろうと思うけど

きっといつまでも怖い。怖いから慎重になる。

それで良いのだと思う。

 

やってみて ダメならやめていい

軌道修正も進路変更もありを赦して 一歩づつ。

れっつごーですよー。

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20180222の呟き

下書きに残っていました

今 書いている記事の下地になっているなと思い

世に出します。

 

 

滞っているのは

人間の自然の営みを蔑ろにしていたからかもしれない

 

生きている それだけで尊い

その生を 使うかどうかは私次第

生かして巡り始めるのだろうに

 

ずっと舵を取らずにいて

流れを堰き止めていた

 

堰を切ったからといって

「堰を切るように」と

諺のようには行かないらしい。

 

長いこと止めていたから

干枯らびちゃったか?

 

まあいい

戻ってきそうだし

流れはゆっくりでいい。


風穴は空いた

今は空が上に向かって開いている

PRIERE