自分記録帖

ただ私が私でいたい。自分を生きると決めた私の記録帖です。

ユートピア

小さな甥っ子が 花畑の一輪の花を手折り

 

大人びた眼差しで

『純ちゃん みえる?ユートピアだよ。綺麗だねぇ』と言う。

 

彼の視線の先を追うと

水色中心の柔らかいパステルカラーな世界が広がっていて

手折った花の中には宇宙があった。

 

 そんな夢。

 

 

常識と非常識の認識が

おかしくなりつつある今日この頃

 

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葛藤の果て

勝手に 一喜一憂

勝手に がっかり

 

そんな自分に耐えられず

なかったことにしようとしたり

壊したくなるヘタれな衝動に凹んだりの日々。

 

しばらーく

あーなの?

こーなの?

考えたり感じたり言葉にしてみたりを繰り返す

 

相手が思うようにしてくれたら満足か?

誰かになにかしてもらえたら幸せなのか?

立てた問いに即座に明らかにNO.を出す。

 

結局、私はどーしたいのさ?の自問には
私は私を生きたいの。しか答えがない。
抽象的すぎるよ…。

 

嬉しいも寂しいも同時多発に起こる

アンビバレントな葛藤

 

我ながら非常にメンドクサイ性格に

潰されそうになりながら

ひとつづつ感じ直す。

 

自分のなかのたくさんの感情に

ひとつひとつ境界を引いて独立させてみた(イメージ)

バラバラな感情に小さな調和が生まれて

シアワセで胸がきゅぅっと 笑

ひとりだけれど孤独じゃないってこんな感じかしらね?

 

そうして思う

私は私を生きていこう

 

励みになる存在を感じながら
私は私の役目を全うしたいと願うのです。
(それがなにかは まだわかんないけど)

 

寂しさを埋めようと

自分以外の誰かやなにかに求めても

満たされることはないってのは 本当だと思います。


期待は自分に。

自分の機嫌は自分取りましょ。

やすやすと出来はしませんが

協力要請しながら

存在に支えられながらちょっとずつ。

 

葛藤は、してもしても果てがないけれど

自分だけの答えを見つけたときの気分が清々しくて

(渦中はシンドくても…)私はそれを楽しんでるのかもしれないな

Mかな?笑

 

ひとまず ひと心地

ふぅ。

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@黒松内の森のなか

情緒が安定 してません

「みんな同じ」は イヤだけど

 「ひとりじゃない」のは ほっとする。

 

アカシアの

甘い香りが漂う季節だなぁ

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SOSは届くまで、発信してこそSOS!

アタマの「正しさ」

ココロの「正しさ」
その矛盾に、じわりじわりと引き裂かれた 此処ひと月

怒り寂しさ悲しさ の
感じ始めはどうしても
ぼけっと もやっとしてしまい
顕在化させるまでに時間がかかる。

ちゃんと説明できないうちは相談も助けも求められずに抱え込み
言いそびれて 終了。が常。

このたび モヤっと状態で「タスケテ」言えました。
だがしかし「1人目 」にSOSは届かず
スルーされましてございます。

いつもはココで「最早これまで!」という感じになるのですが 

一晩かかって「(今応えるのは)ムリだったのね」と切り替えられました。
エライぞ私!  
自己肯定感が上がりましたねぇ
感慨深いです。

そして次が大進歩!
違う人に「タスケテ」言えました!
ひと周り下の姉のような「2人目」に救われ

「3人目」に混乱した自分の感情を整理
潜在意識を可視化してもらいました。
(ヘタレな私に 「勇気」をくれるお守りです)

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なにも起こってないけれど
心のうちは大嵐!

 

嵐が過ぎ去り
自己肯定感というものを味わっております。

 

SOSは届くまで発信して良いのだ!

 「正しく」ないかもしれないけど

引き裂かれないよう

傷つけ(か)ないよう

「正しさ」に寄せて(調和して)いくための順番やタイミングってあるのかも。

せっかちな自分だけでは思いつかない手法だわ。

肩書き持って 働く男

幸いなことに

わたしを可愛がってくれるひとのなかには

所謂 エライ人もいます

 

エライの定義はなんだって話ですけれど

この場合「肩書き」とします

  

時々交友があることを 凄い言われることがあります。

…ちょっと困る。

凄いのは彼等で、私はちっとも凄くない。

 

それに、肩書きがあろうがなかろうが

真摯に仕事に向きあう人は漏れなく素敵だ!

(これ語ると違うお話になるのでまたの機会に改めて)

 

 

エライ人かぁ 

ふむ。

気になったのでちょっと考えてみました。

 

私を可愛がってくれるエライ人

普段 ちっともエラそうじゃありません

冗談も通じるし気さくで優しい

時々 結構しょーもない笑

しょーもないけど憎めない

(失礼ながら)可愛らしかったりもする

 

けれども彼等は仕事となると有能な指揮官に変わる

自ら先陣切る人もいれば

俯瞰して指揮する人もいる(と、推察)

タイプはそれぞれ

それぞれとてもカッコいい

 

創業者であれ

継いだものであれ

組織の中の人であれ

 

いずれも 平坦ではないその道を

時に迷いながらも素振りはみせず

背筋を伸ばし前を見据えて歩く姿は

本当にカッコいい。

どんなに傷ついても強い眼をして立ち上がる。

男の子は、幾つになっても すごい。

  

肩書きに育てられたり

引き立てられたり与えられたり

色々あるのでしょうけれど

 

私の周りのカッコいい男は肩書きに少しも負けてない

(時々、本当にしょーもない笑 そんなところも含めて)

魅力に溢れた人たちなのです。

 

そのそばに居られる私
これっぽっちも凄くないけど

交友を得る機会に恵まれたことは

素直に有難い。

 

楽しくて嬉しくて幸せなのは

肩書きが「エライ」からじゃなく

彼らの器が大きく優しいおかげです。

 

それと、分析好きの私
指揮官でもあり戦略家な彼らの話は好物なのだと思いあたる…。

PRIERE