自分記録帖

ただ私が私でいたい。自分を生きると決めた私の記録帖です。

明るい方へ 明るい方へ

妹が急にいなくなってしまったことに
あまりにびっくりして
ぽかんとして
慌ただしくて
ちゃんと悲しめなかったことは事実であり
残念なことではありますが


生まれたら死ぬのはあたりまえ(事実)
誕生して消滅して廻るのが自然の理(ことわり)
そのサイクルに長短はあれど
生きものはすべからくそうして循環している
そう思うのです。

 
だからって
じゃカナシム必要はないよね〜
適当でいいじゃない
ってーことにはならないと思うの。

 

尊重し

丁寧に送る
キチンとカナシム

 

あの時自分ができなかったこと
そうしてたら良かったなと思うこと
妹を通して気づいたことを

なんらかの形で表現したい

 

大事な人や物や場所とのお別れに

痛む心を丁寧に感じて

キチンとカナシミ 怒り 送ることで
自分を生きる時間を無闇に削らず済むんじゃないかなって思うから。

私の無闇矢鱈な経験と時間
無駄にするのは惜しいし笑

 

 

これまでしてきた事について

私…エンディング事業したいんだっけ?と思いながら

流されていることに違和感を感じていたのは

 

妹の喪失「が」トラウマなんじゃなく
妹の喪失がトラウマ「に」触れるのだと
言葉にできなくても(潜在的には)知っていたからなのだと思う。


目的は
「喪失のカナシミでパンッパンな意識を明るい方へ向けるお手伝いを(こっそり)すること」

 
カナシミを伝播してしまっては元も子もない

表現したいなら(私が)傷んでちゃ いかんよね

 

明るい方へ
一歩でも近く
1秒でも早く
明るい方へ

 

そう願って

一歩でも近く1秒でも早く
なんらかの形とやらを具体的にするのが今の目標

 

急いては事を仕損じる

焦らず急げ

 

書くと整理される ブログは手段

肚は決まってないけどハンドルは切りました

先日、妹のことを書きましたが

過去のツライカナシイを

書きたかったわけではないのです

 

妹を通して自分が抱えた罪悪感に気づいたら

「したいこと」と繋がり

「してきたことの違和感」がみえて嬉しくて

思わず溢れちゃった感じ?

 

妹はきっかけとか引き金とか

重要な役割をもつ存在だけど

原点とか源ではないのよね

 

妹の所為でもなければ
親や環境、自分の所為でもないけど

大事な人や自分の時間を使って言い訳してたのね

ごめんなさい。

 

ん?

 

言い訳?

 

なんの?

 

ぽろり浮かんだワードは

 

「(本気で)生きるの めんどくさい」

    決して、怠けていたわけじゃないです。

    むしろ負い目に感じて必死に一生懸命自分を追い込んでいた気がします。思いっきり生きるのが怖かったんでしょうね。

   

「思いっきり生きたい!」

    生まれたからには、自分の人生思いっきり生きたいですよ。怖いけど。

 

なんてこったい

 

アクセルとブレーキは
やりたいこと(仕事)だけじゃなく
そもそも自分の人生に於いて
どっちもベタ踏みだったのか

 

まだ肚は据わりませんが

気づいたので

気づいちゃったので

本当はイヤだけどー

 

思いっきり生きる方向にハンドルきって

ゆっくりブレーキ緩めていきます。

罪悪感の源、今は私のエネルギー

私には妹がいました。

 

骨髄移植なんてものをして

良くなったってきいたのに

本当に突然死んじゃった妹

 

 

私の骨髄が妹を殺したと思ってツラかった

(そんなワケはない)

 

以来20年以上 妹が死んじゃう夢にうなされ泣き続けたけど

 

友人の たった一言のおかげで

妹は夢で死ななくなった。

 

つまりは「私の意識」の問題なのです。

 

事実 私は殺してないし

生かすことも出来ない

 

彼女の寿命をコントロールする術も持たないのに

自分の責任だと思っちゃったのね。

 

つまり「助けられると思ってたのに!」と思ってた…

 

寿命のコントロールなんて言うと出来るわけないと思うし

わーびっくり なんだけど(^_^;)

 

コドモな私は助けられると疑いもしてなかった。

 

もちろん私だけじゃなく

家族の誰もがそれぞれの形で彼女を助けていて
家族の誰もが妹は助かると思っていたし
亡くなる当日まで助かったと思ってたと思います

 

なのに なんで死んじゃうかなぁ

 

ぽかーん。

 

 

じわじわやってくる

助けられたのに助けられなかった事実(…ではなく思い込み)

 

助けられなかった罪悪感は

本当は助けたくないと思ってたんじゃないかと

(妹とは可愛いだけじゃなく疎ましい存在でもあるものです)

無意識の意識(が入った骨髄)が彼女のカラダを攻撃したんじゃないかと

コントロールが及ばない骨髄に責任感じてました。

 

 

あるとき「罪悪感」と「守りたかった」のWordのセットで号泣

 

恐らくカウンセリングとか周りの言葉で解れつつあったのでしょう

 

掘って掘って数十年
罪悪感の源 みーつけた。

※自己判断

 

私は妹を「守りたかった」

 

(移植で)「守れた」と思ったのに。

私はお姉ちゃんなのに。

なのに「守れなかった」

 

小さかった私は

それが彼女の寿命であったと受け入れられず

なかなか思うように折り合うことはできなかったけど

 

妹の病気は治ったのです
私の骨髄は立派に妹を守りました
そのタイミングで天命を果たした

今はそう思っています。

 

同時に

 

理不尽!
せっかく治ったんなら
もちょっと生きてくれたっていいじゃんかー!
とも。

 

あの時は言えなかったこと
わからなかったこと

我慢しなくても
誰に解って貰えなくても
今なら自分で受け止められる。

 

遺った私に「妹の死」はツラかったしツライけど
逝った妹からすればそうとは限らない。

自分のモノサシだけで計れない
確かめられもしないけど
思い込むのも
決めつけるのも
いかんなと思う。

 

そこは範疇外

私の及ぶ範囲の向こう側

 

ただ自分の罪悪感を赦してあげたら良いのだけれど

…言うは易し。

 


弱ってる時はネガティブになって当然
ネガティブな考えをパタンと折り返せば
視点の違う答えが見つかるかもしれません。

 

例えば私の場合

「守れなかった罪悪感」を折り返すと

「守りたかった愛する妹」になりますが

 

先ず「守れなかった」に辿り着くまで時間がかかったし

折り返すには灯りが必要でした

 

灯りとは?

ゆとり とか 希望 みたいなものかなぁ

自己肯定とかかなぁ

 

うーん

 

でもね

灯りを灯す役割をしたいわけではなくて

 

パンッパンなところに 隙間をね 

こう…こっそり?笑

隙間?みたいなものをね

つくりたいのです

 

灯りを灯すには酸素が必要でしょ?

二酸化炭素でパンッパンじゃ灯らない

だから小さな灯りがともるくらいの酸素をね 

こっそり ぷぅって笑

 

周りの人や物に気付くとか

ちょこっと視野が広くなるとか

なんかわかんないけど

そんな隙間

 

罪悪感を癒す

気づかれないくらい最初の隙間(きっかけ)

そうして こっそり 

宇宙すべての罪悪感をエネルギーに換えたい

 

こっそり 壮大 (笑)

 

そんな仕事がしたいです。

まだまだ抽象的なんだけどね

空きスペース ありません。

本が好きです

 

物心ついた頃には、本が側にあって

 

何処にいようと

 

本屋(図書館) 花屋 パン屋があれば幸せだった

 

常に図書館のネットシステムは利用してるのだけど

 

最近本に囲まれてないなと

本屋に行くと

 

 

どうしたことか

気持ちがワルイ…

 

自分のものではないコトバ 単語ひとつ

入ってきてほしくない。

 

 

 

疲れてるんだね。

 

 

空いたスペースがないっぽいぞ

 

インプット むり。

 

 

休みましょう。

 

健康大事

警告の夢も虚しく
倒れました〜

 

違和感を感じた翌日から激痛
30分おきの激痛が2週間

 

拷問⁈

 

当然 ほとんど眠れない。

 

拷問だぁ〜

 

 

病名は 膀胱炎 です。
夏バテで軽度の脱水症状→膀胱炎


薬を飲めばなんてことないと思っていたら

菌が消えても症状は全く変わらず…
周りの勧めもあって他の病院にも行ってみて

少し眠れるようになると
痛みが緩和されてきました
薬も効いてきたのかも

 

もう一つ

 

痛みも不安も寂しいも 我慢し過ぎて
どうしていいかわかんない〜(>_<)
ってなってはじめて

 

 

あれ?我慢 しよっと?
これ 我慢なん?ってなりまして

 

小さい頃の我慢のあれこれが思い浮かび
子供のように泣きました

泣き疲れて眠って起きたら


あれ?


憑き物が落ちたように スッキリ〜


子供か(^_^;)

 

痛みもすーーーっと(笑)

 

膀胱炎は、我慢グセからなるものだそうね
心と身体は繋がってる

心も身体も
いたわらないとね。

 

こんなに長引いた理由は未だわからず
投薬も通院も続いています。

 

我慢するしか出来なかった子供では

私はもうない。


我慢以外の方法で

ものごとを解決に導くことができるはず。

 

健康大事

PRIERE