自分記録帖

ただ私が私でいたい。自分を生きると決めた私の記録帖です。

蜜柑の月

心がどう感じているのかわからず
言語化に遥か及ばない

 

途方にくれて見上げた月は

絵に描いたような三日月で

写真に撮ると蜜柑のよう

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とまどう

話すことが見つからない

 

言語化して伝えたいことが

ない。

無理して話す言葉が滑る

 

在るだけで充分で

それ以外はなにもいらない欲しくない

この先を、どうしていいかわからない

贅沢な時間

感情を感じるのがニガテ

 

自覚してみると

見ないフリして紛らわせてた此れ迄がよくわかる。

色々先送りしてるだけで

よろしくなかったと自覚する

 

受け止める準備がなかった自衛手段だったのだから

しょうがない。

 

八つ当たりせず

誰も責めず

紛らわそうとも

なんとかしようともせず

ただ「寂しい」を味わうってのはなんだねぇ

 

なんとも贅沢なもんだねぇ。

 

珈琲2杯目

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静かな休暇

人が集まるところは楽しいけれど
決まってとても
疲れちゃう。

 

ウチは大好きだけど
籠りすぎるとむやみに凹む。

 

適度な光合成

適度にソト

適度にウチ

それから美味しいものが必要です。

 

花屋で花を

八百屋で野菜を

パン屋でパンを

お豆腐屋さんでお豆腐を買う

 

スーパーは便利だけど

こういう買い物が大好きだ。

 

お気に入り店のケーキ

お気に入りカフェの珈琲

両方が味わえる喫茶店で記事を書く

充実の静かな休暇

 

それでも 寂しいものは寂しいのだ。
どうしようもないことなので
ひたすら「寂しい」を味わいながらやり過ごす。

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普通についての一考察

普通ってなにかしらね?

そういえばと思うことがあって考えてたら

なんだか幸せなトコロにおさまった。

 

これまで私が受け取っていた「普通」の解釈は
「みんなと同じ」
「枠内におさまる」

 

望まれるってことは、今は望む状態じゃないってことでしょ?

 

「普通」を望まれるほど

「え?(今の私は)「普通」じゃないの ⁈ 」 そう思うのがフツーじゃない?

 

「私」が「私」でいたら駄目なの?

「私」のままじゃ愛してくれないのかよーぅ‼︎

「私」は「私」にしかなれないのにー!

ぅわーん(>_<)!!!!!

 

ってなってたけど 違うよね。

 

同じ人は ひとりもいない

枠なんてない
刷り込みが強力だっただけ。
しょうがない。

 

親になったことはないけれど
望まれていた普通は恐らく「幸せ」や「健康」

 

大きすぎるこの本質を

無理に具体的に言おうとしたらこうなっちゃったんだろうなぁ

なんの脈絡もないこの思考 

わからないでは…ないけれど。

 

あたりまえは、あたりまえじゃなくて有難いもの。

妹が逝って

父と別れて

そう思ってきたことを、ちょっと応用すれば解ったものを。

 

普通は、普通じゃなくて特別なこと。

フツーに特別で

特別がフツー

 

普通 それはあたりまえのように傍にある

得難く特別な奇跡みたいなものだと思う。

 

幸せも 健康も 愛しい人の存在も

 

奇跡みたいに有り難くって嬉しくて
「ありがとう」も「だいすき」も
いくら言っても言い足りない。

 

あたりまえのように傍にある幸せを 健康を 愛する人の存在を

「かけがえがない」と言うのかな。

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PRIERE