自分記録帖

自分に戻る、自分を生きると決めた私の記録帖です。

ありがとう2017 よく生きました。

<LIFE>

気がつけば寝込んでばかりでした

不眠に悩み

経済的に常に不安定

精神的にもしんどかったです

 

生きているのもなにもかも放り出したくなりました。

 

逃げなかった私、よく頑張りました。

助けてくれた全ての人に感謝します。

 

 

<WORK>

使命の肯定から目を背け招いた経済危機(もちろん無意識)

アクセルとブレーキを同時に踏んでいることに気づいた夏

闘い続けた後半半年

徐々に覚悟が決まっていき、秋以降は 見えないチカラが働いてるようにしか思えません。

タイミングを掴んだ私、エライです。

 

 

<partnership>

男性不信のリハビリ期

更に結婚に関するトラウマを発見&解放

更地のイメージから具体的なイメージを思い描けるようになるまで回復しています。

希望を取りに行く決意を固めた年の暮れ。

 

 

 

2016きっついわーと思っていたら

2017の方がずっとキツかったです。

 

夜明け前が一番くらい

2018は上がるだけ⤴️

弱虫でちっさな私を育てながら精一杯生きます。

人生はRPG

冬至というタイミングに
私にとって大きな手放しがありました。

 

 

抽象的ですが…

 

 

どうしても

動きたくなかったのです。

 

砂漠へ向かって旅立つことに

理由もメリットも見出せなくて

わざと(無意識で)支度を遅らせていました

 

 

どうしても

気づきたくなかったのです。

 

けれど、この傷があっては進みません。

 

 

傷の治療

認めて手放すことが

旅立ちの条件だったように思います。

 

 

 

大泣きして

二日寝込んで

明らめて

立ち上がる

 

 

砂漠の向こうにある

私だけの基地を求めてレッツゴー

 

保証はないが

希望はある。

 

人生はRPG

私の基は仕事の素

理解はできる
納得はできない

 

そんなときは
どういう顔していいかわからず
感情処理も言語化も即時には出来ません

 

感情の取り扱いがニガテ
争いがイヤ

 

だから
一生懸命考える


お互いに協力できる案を探す
一度引き出しに入れば使える

それでも

シュミレート通りにはいかなくて

だから
1から10まで手は出さない

 


それが私の基であり、研修の素でもあります。


接遇も個人情報も倫理も なんでも。

 


こんな風に大変なんだよね
こういう手もある
ああいう手もある
見つけた案を提案する

 

 

考えて
やってみて
失敗していいから
改良して
またやってみて
諦めないで
必ず自分のものになるから。

 

 

いわゆるPDCA


ただの手法と聞かせるか
武器のひとつに備わるか

 

コントロールはしないけど
願いはこめます。

 

共感力は低めだけれど
人の力を信頼してます

境界線学習強化期間

私は潜在意識からとらえるタイプらしいとインプットしましたら
 
境界線を意識するようになり
練習問題が目につくようになりました
私の潜在意識は本当に優秀ですw
 
そして、ただいま混乱の大嵐!
 
しばらく境界線学習強化期間となりそう。
 
 
よくある恋愛事情で考えてみます
<境界線 会いたい女と忙しい男編>
女 彼氏なら時間を作って会いに来るべき
男 彼女なら俺のことを(言わなくても)理解してくれるだろう 
話し合う・喧嘩する・宥めるなどなどしながら
うまくいってるカップルは沢山いるわけですけれど
私にはこれがうまくできません。
 
 
なぜなら、これまでの私は こうだったから👇
女 時間を作って会いに来たい女ではないってことよね
男 彼女なら俺の状況を(言わなくても)理解してくれるだろう
境界線を学んで理解に辿り着いた
自信のなさから女が都合よくなってしまう方式。
 
離婚前はそうは考えなかったことを思うと
自信のなさは離婚後に現れたことになりますね
 
ただし、離婚前が健全だったかというとそうでもなく
 
過去の私の選択は(離婚も含め)長年 二択
・大丈夫な私になる(我慢)
・大丈夫じゃなくなったらやめる(破壊・黙って離れる)
 
我慢には限界があり
限界超えたら手の施しようはなく
相手にとっては青天の霹靂
 
恋愛問題限定で健全な話し合いができず
 このような扱いをされるのは嫌です
 こうしてくれたら嬉しいです
相手にそう言うことができませんでした。
 
「嫌だ」ということが、わからなかったのですよ。
なんだかモヤっとする・・・
わからないけどモヤっとする・・・
わからないものを人に言えるわけがない。
「こうしてほしい」は当然言えない。
 
モヤっとした怒りをぶつけても
私の場合「男性には期待できない」が潜在意識に入っていたので
 
    うまくいかない相手を引き寄せ
    うまくいかないほうへ舵をとる。
 
うまくいくわけがありません。
お互いにとって不幸だったと思います。 
 
 
先の問題を男女で分けてみますと
女 彼氏なら時間を作って会いに来るべき
ふむ。
私は「優先されるべき」と思っていたようです
「優先されない私には価値がない」とも
 
どれも、そんなわけないです。
 
相手が相手の時間をどう使おうと自由です。
自分が好きな人との時間を優先したからといって、相手にも同じ事を要求するのは境界線の侵害です。
相手の選択と私の価値は関係ありません。
 
ただ、この不満感覚は大事だと思うのですよ。
「感じる」ことができるのは大切なことです。
 
マナー研修や患者応対研修でもよく話すのですが
怒りの源には一次感情(悲しい、寂しい、怖い、不安、心配、がっかりなどがあります。
 
会えない不満を反転して素直に表現すると
「あなた(彼氏)に会えなくて寂しいわ」
「時間をください」
そう言ってみては如何でしょう?
それで相手がどうするかは、相手の領域ですけどね。
 
 
男 彼女なら俺の状況を(言わなくても)理解してくれるだろう
そんなわけ あるかー!
当方これでも女子なので、つい女子に肩入れしてしまいますが
狩り(口説き)モードから通常運行への移行
お仕事集中モードの状態は、女子にはなかなか理解し難いのです…
どうしてくれとは申しませんが
 
やっと時間作って会えた彼女の表情が「笑顔」か「般若」か。
般若でも、あなたが機嫌をとる義務はないんですけどね。
 
男には女の望みを叶える義務はありません
女にも男の望みを叶える義務はありません
 
選択の自由はお互いが持っているのです。
 
夫だから 彼氏だから 妻だから 彼女だから
【言わなくてもわかってよ!】で いいのかな?
 

不満は大抵自分の問題
これを境界線で捉えて考え、大混乱
 
境界線の脆さを露呈すると

「相手で解決しようとする」
「自分で解決する」が、ごっちゃになり

「主張」「我儘」「身勝手」「尊重」の整理に混乱
 
たとえば、現状 私はきっと
愛情を感じることができるなら
不満は不満にもならない気がするのですが
愛情を感じるために相手と過ごす時間は必要で
十分な充電時間を欲しがると思う
 
これ、相手に解決してもらいたがってる感じがするー。はぁ…。
 
我慢と尊重がせめぎあう 混乱です
 
自立はできなくても
あなたと一緒に過ごす時間が、楽しく嬉しく幸せです

せめて、そう伝えられる私になりたい。
 
伝える自由は私のもの
どうするかを決める自由は相手のもの
逆もまた然り。
 
そうして理解と信頼を深めていけたら良いなと思います。
 
 
 
女子の本音をさらに深読み
「彼氏に会いたい!」ではなく
『彼氏に「会いたい」と求められたい私』が嬉しいらしいです。
 
「きみに会いたい!」と求められたい!
相手はコントロール出来ませんからねぇ
皆さま苦労されているようです。
 
私は、このエネルギー強くは必要としないみたい。人それぞれですね。
 
 
 
この二年ほどは、自分の周りに境界線を引き
踏み込まれたら距離を取る・拒否する練習をしてきました
 
練習問題の難度が上がったのは
自己承認のステージが上がったのしらと嬉しくも大変
境界線侵害の自覚も芽生え 反省しきり…
 このような扱いをされるのは嫌です 「我」が出てきて
 こうしてくれたら嬉しいです    「欲求」が芽生える

 

我を通さず、強要も要求もせず、欲求を満たす!
 
むつかしかー!
 
大事な人を傷つけて、傷つくのは自分だし
これができればあっちもこっちも円満
心の健康管理と日々精進しながら自立の練習してるんですが
 
境界線が整うと人と関係を築いていけないのではと不安でいっぱいです。
 
感情的になるのが嫌いな私が、誰かと築いていけるだろうか…とか。
 
自家発電で満足したらパートナー不要になるんじゃないか…とか。
 
これはおそらく杞憂で、人間関係が変わる不安と寂しさなのだと思います
これまでの人間関係を置いていく気がするのは傲慢なのもわかっています
 
そんな不安が過っても
そのあとには躊躇なく
 
新たな関わり方をすることは居心地の良い関係を築くものになるでしょう。
合わなくなった人間関係も尊重して接することができるのでしょう。
 
良くなる未来を考えられるのは
心の構造を学んだからに他なりません。
 
 心の健康 体の健康を整えることが一番なのではなかろうか?
 
これからも日々精進
できることからコツコツと。
fight!

自分を大事にするってどういうこと?

“自分を大事に”

 

よく言いますよね?

私も言います。

本当にそうしたいし、そうしているつもり

 

でもね。

 

「そう」してこれなかった人間に

「そう」体験したことのない人間に

「そう」が「どう」って

 

わかんないよねー?

 

仕事でもそうだけど

本当に分かるように教えるには

本人に体験してもらう以外ないんじゃないかしらね?

 

それだって、私が体験する「それ」と

その人が体験する「それ」は、きっと違うと思うもん。

 

さて

 

先日のカウンセリングを受ける前

カウンセリングレポート いま泣いたカラスがもう笑う - 自分記録帖

私には“自分を大事にする”がさっぱりわからなくなっていました。

 

 

二年ほど前からお世話になっているカウンセラーさんは

トラウマから自由にするRCメソッド (株)RCM社長 高橋万紀子のブログ

『それはいけないことです』と否定しません

寄添い励ましてくれますが、手は貸してくれません

境界線を侵害しません

あくまでも決めるのは「私」

もちろん決めさせません

 

カウンセラーとしても

人としても

そうできるのは(成熟度という意味での)大人の優しさです。

 

そうしないと本当には良くならないと解っているからでもあり
待てるのは、そうすれば良くなるという信頼がクライアントにも、自分にも、あるからなのだと感じます

 

 

否定するのは誰でもない「自分」なのだと認めると

肯定できる自分にシフトが移ります

すると自然に自分を傷つけるものから自分を守ろうとするのですね ←今ここ。

 

自分で立って自分で歩く

遠回りのようで、それが一番の「近道」

(孤立無援で立つのはシンドイです。力のある人を頼るのは弱さではなりません。人を選んで助けを請うのが良いと思います。)

 

カウンセリングの直後に手放す爽快感を得て全快!な気がすることもあるけど

 過去が一気に塗り変わるような爽快感

普段の生活で練習し体感し

少しづつ生活に落とし込んでいくと

 

以前より楽に歩けているのに気づく

あら?と思って振り返ると

これまで本道と思い込んでいたり

本道じゃないと気づいていても他に道が見えないからしょうがなく歩いていた道が

歪んでいたと分かる

 

今いる場所「現在地」と認めると

「目的地」である本来の道が見え始める仕組みだ

 

キラキラ輝く私だけの「本来の道」

 

「現在地」から「目的地」へ戻っていく道が

私の思う「明るい方へ」の立ち位置なのかと思う。

明るい方ってどっちの方? - 自分記録帖

 

私が本道へ戻っていく過程で感じるのは

近づくごとに明るさを増していく嬉しさ

ひとつひとつ気付く喜び高揚感

一歩一歩築く自分への信頼感

時々引き戻されるような揺り戻しの感覚

挫折感(なんとか越えて自信がついてく)

 

自分本来の道を歩くこと

私にとっては、それが自分を大事にすることです。

 

例えば

 そっちは違うよ!こっちが正道だよ!という誘惑に乗らない

 道の途中に障害があって途方に暮れても他の道に逃げない

 うっかり入り込まれたら、ここは私の道ですよと注意する

 勝手にゴミを投げ入れられたら抗議する(時には迂回する)

 人の道を歩まない、勝手に入らない。

 自分の道を整備する

 自分の道から見える景色を楽しむ

 近くにある道の人に見える景色を教えてもらう

    疲れたら一切の思考を停止して休む

 

そういうことが、自分を大事にすることなのかなと思っています。

 

「目的地」に近付いてホッとしたと思ったら

そこがスタート地点だったと知ってがっかりしたのが ここ⬇︎だったのかも。

号泣する準備はできていた - 自分記録帖

それでも歩くしかない。

 

やっと自分で立てたところ

これからアンヨの練習です。

PRIERE