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自分観察帖

これ以上欲するものはなにもない。ただ私が私であること以外に。

みえないカタチ 湧きあがる「ありがとう」

「立場」に名前をつけないと据わりがワルイ…

関係性に納得出来る名前がついていないと落ち着かなかったこれまで。

 

トモダチの定義ってなんだ?

例えば甥っ子は甥だから好きなわけではないし

好きは likeと love だけじゃない

かといってなんでもアリ(不正)はないよな〜

ぐーるぐーる考えてた数ヶ月

 

生真面目さを認めたある瞬間、ストンと
納まりが悪かった関係性を「正しく表す」ボキャブラリーは持っていないと知り

「正しく表す」必要も感じなくなくなりました。

 

そもそもなんのために必要だったのか…?

  1. 自分に納得させるため?
  2. 誰かに納得させるため?
  3. 親や親に代わる誰かに訊かれたら答えるため。

       …これだ!

   

    3.   親や親に代わる誰か用に必要で
    2.   その回答を納得させて
    1.   初めて自分が安心する…。

          訊かれてもないのに(^_^;)

なんてこと〜

こういう枠に私は私を縛っていたのだねぇ。

またひとつ自由になれた気がします。

 

本人にそのつもりは全くなさそうだけど

問題提議の発端も

問題解決の糸口も

くれたのは同じ人

 

私のどうしようもないぐるぐるな考えを

楽しそうに問い。

応えを急かさず。

一緒にいるときはもちろん

ひとり咀嚼するときも

安心をくれる寛容の持ち主に

ありがとうが湧き上がる。

 

問うて問われて築かれる関係性は
名はなくても明るく優しく柔らかく
じわりじわりと心地が好いです。

 

恐がらずに問い

恐がらずに述べられたのは

 

ちゃんと相手を見られるようになった兆し

自分の感情を大事に出来るようになった証拠

 

ひとつひとつ

扉を開くように心を開き

 

ひとつひとつ

階段を昇るように築く

 

愛おしさというものは

みえないけど色々様々あるのだなぁ

 

型に嵌るカタチもあれば
説明不能なカタチもある

傍にいなくて寂しくて
傍にいなくても温かい

在てくれてありがとうと思う人がいるっていい。

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PRIERE