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自分観察帖

これ以上欲するものはなにもない。ただ私が私であること以外に。

普通についての一考察

普通ってなにかしらね?

そういえばと思うことがあって考えてたら

なんだか幸せなトコロにおさまった。

 

これまで私が受け取っていた「普通」の解釈は
「みんなと同じ」
「枠内におさまる」

 

望まれるってことは、今は望む状態じゃないってことでしょ?

 

「普通」を望まれるほど

「え?(今の私は)「普通」じゃないの ⁈ 」 そう思うのがフツーじゃない?

 

「私」が「私」でいたら駄目なの?

「私」のままじゃ愛してくれないのかよーぅ‼︎

「私」は「私」にしかなれないのにー!

ぅわーん(>_<)!!!!!

 

ってなってたけど 違うよね。

 

同じ人は ひとりもいない

枠なんてない
刷り込みが強力だっただけ。
しょうがない。

 

親になったことはないけれど
望まれていた普通は恐らく「幸せ」や「健康」

 

大きすぎるこの本質を

無理に具体的に言おうとしたらこうなっちゃったんだろうなぁ

なんの脈絡もないこの思考 

わからないでは…ないけれど。

 

あたりまえは、あたりまえじゃなくて有難いもの。

妹が逝って

父と別れて

そう思ってきたことを、ちょっと応用すれば解ったものを。

 

普通は、普通じゃなくて特別なこと。

フツーに特別で

特別がフツー

 

普通 それはあたりまえのように傍にある

得難く特別な奇跡みたいなものだと思う。

 

幸せも 健康も 愛しい人の存在も

 

奇跡みたいに有り難くって嬉しくて
「ありがとう」も「だいすき」も
いくら言っても言い足りない。

 

あたりまえのように傍にある幸せを 健康を 愛する人の存在を

「かけがえがない」と言うのかな。

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PRIERE