自分記録帖

自分に戻る、自分を生きると決めた私の記録帖です。

自分を大事にするってどういうこと?

“自分を大事に”

 

よく言いますよね?

私も言います。

本当にそうしたいし、そうしているつもり

 

でもね。

 

「そう」してこれなかった人間に

「そう」体験したことのない人間に

「そう」が「どう」って

 

わかんないよねー?

 

仕事でもそうだけど

本当に分かるように教えるには

本人に体験してもらう以外ないんじゃないかしらね?

 

それだって、私が体験する「それ」と

その人が体験する「それ」は、きっと違うと思うもん。

 

さて

 

先日のカウンセリングを受ける前

カウンセリングレポート いま泣いたカラスがもう笑う - 自分記録帖

私には“自分を大事にする”がさっぱりわからなくなっていました。

 

 

二年ほど前からお世話になっているカウンセラーさんは

トラウマから自由にするRCメソッド (株)RCM社長 高橋万紀子のブログ

『それはいけないことです』と否定しません

寄添い励ましてくれますが、手は貸してくれません

境界線を侵害しません

あくまでも決めるのは「私」

もちろん決めさせません

 

カウンセラーとしても

人としても

そうできるのは(成熟度という意味での)大人の優しさです。

 

そうしないと本当には良くならないと解っているからでもあり
待てるのは、そうすれば良くなるという信頼がクライアントにも、自分にも、あるからなのだと感じます

 

 

否定するのは誰でもない「自分」なのだと認めると

肯定できる自分にシフトが移ります

すると自然に自分を傷つけるものから自分を守ろうとするのですね ←今ここ。

 

自分で立って自分で歩く

遠回りのようで、それが一番の「近道」

(孤立無援で立つのはシンドイです。力のある人を頼るのは弱さではなりません。人を選んで助けを請うのが良いと思います。)

 

カウンセリングの直後に手放す爽快感を得て全快!な気がすることもあるけど

 過去が一気に塗り変わるような爽快感

普段の生活で練習し体感し

少しづつ生活に落とし込んでいくと

 

以前より楽に歩けているのに気づく

あら?と思って振り返ると

これまで本道と思い込んでいたり

本道じゃないと気づいていても他に道が見えないからしょうがなく歩いていた道が

歪んでいたと分かる

 

今いる場所「現在地」と認めると

「目的地」である本来の道が見え始める仕組みだ

 

キラキラ輝く私だけの「本来の道」

 

「現在地」から「目的地」へ戻っていく道が

私の思う「明るい方へ」の立ち位置なのかと思う。

明るい方ってどっちの方? - 自分記録帖

 

私が本道へ戻っていく過程で感じるのは

近づくごとに明るさを増していく嬉しさ

ひとつひとつ気付く喜び高揚感

一歩一歩築く自分への信頼感

時々引き戻されるような揺り戻しの感覚

挫折感(なんとか越えて自信がついてく)

 

自分本来の道を歩くこと

私にとっては、それが自分を大事にすることです。

 

例えば

 そっちは違うよ!こっちが正道だよ!という誘惑に乗らない

 道の途中に障害があって途方に暮れても他の道に逃げない

 うっかり入り込まれたら、ここは私の道ですよと注意する

 勝手にゴミを投げ入れられたら抗議する(時には迂回する)

 人の道を歩まない、勝手に入らない。

 自分の道を整備する

 自分の道から見える景色を楽しむ

 近くにある道の人に見える景色を教えてもらう

    疲れたら一切の思考を停止して休む

 

そういうことが、自分を大事にすることなのかなと思っています。

 

「目的地」に近付いてホッとしたと思ったら

そこがスタート地点だったと知ってがっかりしたのが ここ⬇︎だったのかも。

号泣する準備はできていた - 自分記録帖

それでも歩くしかない。

 

やっと自分で立てたところ

これからアンヨの練習です。

PRIERE